Interview和佐大輔を語る『三浦洋之』

「大輔さんは、初めて会った時からずっと、メルマガなどでのメッセージから受けたイメージと全く変わらない人。何の関係もない僕の彼女まで巻き込むような無茶振りもされましたが、その無茶振りのおかげでかつてないほど『集中』することができました。僕はこれからも『参加者代表』のつもりで大輔さんにどんどん突っ込んでいきます」

株式会社XYZ 代表取締役

三浦 洋之 氏

公式Facebookページ「和佐大輔 〜17歳で1億稼いだ男の不完全な日常〜」の管理人、そして「お金の源泉シリーズ」「物語プロジェクト」「24の衝撃」など、和佐大輔の数多くのプロジェクトを運営・サポートしている三浦氏にお話を伺いました。

ゴミ屑を見るような目で僕を見た&「よかったですね、売れなくて」

―― 三浦さんは「ブランディング大百科」のセミナーで初めて和佐大輔と対面したのですね。その時の印象は?

「最初は木坂さんに挨拶しに行ったのですが、横に大輔さんがいたので『はじめまして、三浦です』って挨拶したら、『…はい』としか言われなくて。なんか、ゴミ屑を見るような目で僕を見てきたんですね(笑)。薫さん(和佐大輔の世話役をしている兄)も同じような目で僕を見ていたので、『なんなんだこの2人…』と思ってました(笑)。

でも、すごい人だからもっと何か話したいと思って『宝くじに当たってから転落への軌跡を売ったんですけど売れなくて…』という話をしたら、大輔さんの返事は『よかったですね、売れなくて』。さらに『その時のセールスレターがよくなかったと思って友達に意見を聞こうと思って見せたら、それ以前に『お前、なに変なことしてんの?』って気持ち悪がられてショックで…』といった話をしたら、笑顔で『いい友達じゃないですか』って言われて(笑)。『あ、はい…』なんて答えましたけど、心の中では『話しづら!』と思っていました(笑)」

―― 和佐大輔と初対面した時の印象はあまり良くなかったようですね(笑)。それでもCCSに応募したのはなぜですか?

「それまで木坂さんのサポートを受けていて、おかげでコピーライティングのスキルは上がったと思うのですが、そのサポート期間が終わってしまって…。で、これからどうしようかなっていう時にちょうどCCSの募集があったんです。その中身が男前だった。『オファーの内容はあなたが決めてください。その内容がおもしろければ僕がコンサルしますし、動きます。とにかく僕を使ってください』…そんな募集ってなかなかないじゃないですか。

確かに初対面の印象は悪い意味でインパクトがありましたけど、『よかったですね、売れなくて』とか『いい友達じゃないですか』って言ってくれた意味が後からわかってきたし、なによりこういう他に誰もやっていない企画をサラッとやれちゃうところや、こういうどう考えても儲からないだろうという企画を無邪気にオファーできるだなんて、この人男前だなあと思って応募しました」

―― ここで和佐さんに質問です。ゴミ屑を見るような目で見たというのですが、実際どうだったのですか?

「ゴミ屑とは思ってなかったですけど、ダサいな、と。服装も、姿勢も(笑)。それと、印象が暗かったんですね。負のオーラ全開だった。そういう印象が僕の視線に出たんじゃないですかね」

―― 「よかったですね、売れなくて」「いい友達じゃないですか」の真意は?

「売れないってことは、成立してないってことじゃないですか。そもそも欲しがる人がいなかったという。だから、それに気づけてよかったね、と。それに、そんなにも役に立たないものがコピーライティングで売れてしまったら、世の中的にダメじゃないですか(笑)。その意味でも『よかったね、売れなくて』と言ったんですね。

そして友達に気持ち悪がられたっていうのも、そういう人がいてくれないと、自分じゃ気づかないじゃないですか。だから、いい友達がいてよかったね、と。

そんな感じなんで、真意も何も、僕の素直な感想を言っただけですよ」

―― CCSのコンセプトはユニークでしたが、あのコンセプトが出てきた背景にはどういうこと(や、状況)があったのですか?

「ちょうど、木坂さんと2期にわたってやってきたICCが終わった頃で、あのコンセプトを自分なりにアレンジして、相手が出してくる企画の中で僕が気に入ったものだけを受けるという形でやってみようと思ったんですね。その実験的な試みとしてやったのがCCSです」

ピンチの時、大輔さんのメールで救われた

―― これから和佐大輔とビジネスするぞ、という時に、お母様が倒れられて島根に戻らなければならなくなった…。大変でしたね。

「でも、大輔さんのおかげでだいぶ救われました。それまで大輔さんとは週1~2回くらいメールで連絡を取っていたんですが、『実は母親が倒れたので島根に戻ることになりました。母はもしかしたら車椅子生活になるかもしれません』と送ったら、いつもより素早い返信をくれた。しかもその内容が、『仮に車椅子生活になったとしても、本人はすぐに慣れますから。こういう時はまわりが悲観的になってはいけません。そんな様子を見たら本人はもっと弱っていきますから。気にしなくていいですよ』と。

これはやはり(車椅子生活をしている)大輔さんが言うからなるほどと思えたし、さらに『三浦さんは自分がやるべきことを頑張ってください』という言葉があって、『おお、了解!』という気持ちになりました(笑)」

―― 島根に戻ってからはどんな状況だったんですか?

「まず、僕のわがままを聞いてくれる会社を探しました。ネットビジネスになるべく集中したかったし、親の看病もあったから、何時で絶対に帰れるとか、週に何回か休めるといったところを探したんです。で、そんな会社が見つかって入ったんですが、肝心のネットビジネスのほうがうまくいかなくて…。結局、ブログとか書けばそこそこ反応は取れるのですが、途中で飽きてしまって続かないというのがパターンになっていました。

で、『どうしよう、大輔さんがついてくれてるのに…』と思っていたら、大輔さんからメールが来たんです。『じゃあ三浦さん、一緒になんかやりますか?その件で一度神戸で打ち合わせしましょう。来れますか?』って」

―― 和佐さん、今回の三浦さんのように、重大なことが起こったというメールが来た場合には、いつもより早く返信するのですか?

「もちろん、相手が重大な状況なんだから人としてなるべく早く返信しようっていうのもありますよ。でも、言ってしまえば僕の普段のレスが遅いってだけなんです。なんで遅いかっていうと、来たメールの内容がビジネス的な相談のものが多いから。それって結局アドバイスしなきゃならないから、中身をじっくり読んで、アドバイスの内容もしっかり考えないといけない。だから必然的に遅くなるし、後回しにもするじゃないですか。でも、『親が倒れました』といったことなら、そこまでじっくり考えなくてもすぐに返信できますよね。思ったことをすぐに書けばいい。だから早いわけです」

―― ちなみに和佐さんは、来るメールは全て目を通しているのですか?毎日すごい数のメールが来るから、全部は見ていないだろうと思っていました。

「いや、ちゃんと目は通してますよ。Facebookのメッセージとかも。で、今すぐ返信する必要があるのか、後でもいいのか、返信する必要もないのか、判断して対応しています」

三日三晩ひたすら酒とカラオケ、その末に「じゃあ帰ってください」

―― 和佐大輔に呼ばれて、もちろん神戸に行ったわけですよね。

「はい。でも、何の話をするんだろうと思ったら、三日三晩、ひたすら酒飲んでカラオケするだけで…。で、3日目に『僕、予定があるんで、三浦さんもう帰ってください』って言われて(苦笑)。

『なんなんだ…』と思ったけど、僕を見て気が変わったのかもしれないと思って、『で、何やるんですか?』っていう一言が言えなかったんです。だから結局何にもならなかった。でもご飯もおごってもらったし、大輔さんと三日三晩過ごせて楽しかったからまあいいか、と思って、島根に帰ってから『ありがとうございました』とメールしたら、『じゃあ三浦さん、これやってください』っていう返信が来て。それが、大輔さんの公式Facebookページを作るっていうことだったんです」

和佐大輔公式Facebookページ
「和佐大輔~17歳で1億稼いだ男の不完全な日常~」

管理人・三浦氏の尽力により、半年で1万2千「いいね!」を突破。「お金の源泉シリーズ完全版」は、このページ限定でオファーして300万円以上の売り上げが上がった。

―― 再び和佐さんに質問です。三浦氏と三日三晩過ごした時に、公式Facebookページを任せるというのはもう決めていたのですか?なぜその時言わなかったのですか?

「いや、僕の中では言ったつもりなんですけど。でもその話は5分くらいで終わってあとはずっと飲んだりカラオケしたりしてたから、印象にないだけじゃないですか?(笑)」

―― なぜ、他にも候補がたくさんいる中で三浦氏を抜擢したのですか?

「一番暇そうで、一番しゃべりやすかったからです(笑)。話してみたら、受け答えもクセがなく、普通。他のいろんなことも、普通。だから僕がやりやすいなって思ったんですね。それと、三浦さんはいろいろやってたけど芽が出なくて、もがいている状態だった。だから、その状態を続けているよりは一回リフレッシュさせた方がいいかと思って、それで『やりませんか?』って言ったんです。

他にも『お金の源泉シリーズ』の対談相手にもなってもらいましたし、『物語プロジェクト』の仕切りをやってもらいました。あと、三浦さんにも自分が主体的にできるプロジェクトをやってもらいたいと思ったんで、『三浦ホワイトレーベル』というのを立ち上げました」

「三浦ホワイトレーベル」とは?

2013年3月にスタートした、三浦氏が初めて前面に立ったコンサルティングプロジェクト。
和佐大輔は「黒幕」として参加。
スタート時に行なわれた、三浦氏にとって人生初となるセミナーは、
定員200人が満席になるほどの大盛況。
その後のコンサル、そしてプロジェクトの運営も見事にこなし、
三浦氏は一気に成長を遂げた。

「物語プロジェクト」とは?

「自分の物語を魅力的に語れる人間になる」ことを目指して
2013年9月から始まった6ヶ月間のプロジェクト。
和佐大輔が参加者と直接会い、その人の物語を引き出していくという
このプロジェクトの運営も三浦氏が担当。

大輔さんは裏表がなく、生きてて思ってることをそのまま語るだけでお金になる人

―― Facebookページを作っていく中で和佐大輔と深く関わっていくことになりましたが、それまでと比べて印象が変わったところはありますか?

「いや、ないです。実際に初めて会った時からメルマガなどでのメッセージから受けたイメージと全く一緒で、それは当時も今も変わりません。

僕はもともと、ネットビジネスって人前に出るのが苦手な人がやっているものだと思っていたんです。今でこそネット起業家でもコミュニティや直接コンサルといった対面のサービスをしていますが、当時はまだなかったので。そして、みんな人前に出ないことをいいことに、文章でうまく虚像を作ってるんだと思っていました。でも、大輔さんは本当に“そのまま”だった。

また、Facebookページに出すコンテンツを大輔さんと作っていったわけですが、大輔さんは頑張って作って出しているというよりは、今思っていることをそのまま自然に出している感じなんですね。自分のメルマガもしかり。だから本当に裏表のない人で、生きてて思ってることをそのまま語るだけでお金になる人なんだな、と思いました(笑)。

あと、関係あるかどうかわからないですが、大輔さんは仲裁がうまいんですよ(笑)。たとえば大輔さん関連の懇親会で何十人が飲んでると、時々トラブルが勃発するんです。誰かと誰かが意見の食い違いでもめたり、泣き出したり、怒り出したりして。

そういう時、大輔さんはある程度泳がせておいて、絶妙のタイミングで『まあまあ、そんなのどうでもいいじゃないですか。楽しくいきましょうよ』と、あの“悪意のない笑み”で言う(笑)。で、場が収まる。あれは感心します。よくそのタイミングをいつも見つけられますね、って」

―― 和佐さん自身にはそういう自覚はありますか?

「まあ、全体の空気を見てるっていうのはありますね。それから、何か事を起こした本人がどういうつもりでそれをやってるのかも見てます。例えば誰かが泣き出すって三浦さんが言ってますが、本当に泣きたいんじゃなくて、泣き出すことで注目を浴びたいんだなっていうのが見えるんですよ。そういうのは無視します。そんなの相手にしたら、その人の狙い通りになって、まわりもそれに流されてしまうんで。

だいたい、妙に怒ってみたり悲しんでみたり、そういうのってだいたい嘘ですよ(笑)。絶対何か狙ってる。それが全体を巻き込むようなことだったら、防ぎます。集団って、割と流されやすいものじゃないですか。流される方向がみんなにとっておもしろいものなら行かせるけど、そうじゃなかったら行かせない。そこは意識してるつもりです。だから『絶妙のタイミング』って言われるんでしょうね」

無茶振りは人を成長させる

―― 和佐大輔のプロジェクトに関わってきた他の方々も語っているとおり、和佐大輔は人に無茶振りをします(笑)。三浦さんも「24の衝撃」で和佐大輔に無茶振りされていましたが、それについてはどう思っていたのですか?

「24の衝撃」とは?

和佐大輔と三浦氏が月に2回(2テーマ)のUstream生放送を行ない、1年間で合計24個の常識をぶっ壊し、24回のパラダイム・シフトを味わってもらって人間としてのステージを上げていくという斬新な企画。

「24の衝撃」で
三浦氏が和佐大輔にされた無茶振りとは?

「2000人の申し込みを達成してください。
 達成できたら、新婚旅行の費用は出してあげます。
 でも達成できなかったら結婚したらダメですからね」

「僕はともかく、何の関係もない僕の彼女まで巻き込んできたんで、最初は『マジですか?』って感じでした(笑)。でも、不満とかはなかったです。僕からすれば、大輔さんに選んでもらえたっていうのが嬉しかったんで。本当ならこっちがお金を払ってでも教わりたいことが、一緒に関わることで無料で教えてもらえてるわけですから。…というのはインタビュー用の建前ですが(笑)。

本音を言うとこの1年間大輔さんのそばで一緒にビジネスをやらせてもらって、本当に楽しかったんです。それはもう高校生の時、友達と学校サボって遊びまわってる時と同じくらい、楽しくて仕方がなかった。だからこの野郎無茶苦茶言いやがってという思いの裏で、もしかしたらこれからまたおもしろいことが始まるかも、とワクワクしている自分もいたのです。なんか、

大輔さんを見ていると、人の困っている顔を見るのが楽しいみたいですね。というか、困っている顔を見て、さらに無茶振りをクリアして成長した顔を見るのが楽しいのかも。その意味では、無茶振りとはいえ、その人ができるかどうかのギリギリのラインを見極めて振っていると思います」

―― 「24の衝撃」では「2000人に申し込んでもらう」という無茶振りをされ、かなり頑張りましたが、結果は約1800人。でも、「稼げますよ」みたいなわかりやすさのない、一見なんだかわかりにくいプロジェクトに1800人も申し込んでもらえたのはすごいと思いますが。

「でも、あと200人足りなかったのはやはり理由があるわけで。結局僕の努力がもう一歩足りなかったのですが、それでも僕の歴史上、かつてないほどに集中しました。邪念がなく、もう『24の衝撃』のプロモーションのことばかり考えて。大輔さんが『夢に出てくる』『知恵熱が出る』ということをよく言っていますが、その感覚がよくわかりましたね(笑)。一人でやってたらあそこまで自分を追い込めてなかったです。

あと、一人でやっていたら言えなかったことも、大輔さんがついてくれてるおかげで言えたりもした。だから、2000人を達成できなかったから結婚できないままなのはつらいですけど(苦笑)、無茶振りされたこと自体は自分にとってはよかったなと思っています」

「24の衝撃」のプロモーションについての反省点などを語った対談動画「24の衝撃の勝因と敗因」
動画はこちらをクリック

―― 和佐さん、どうして関係のない三浦さんの彼女まで巻き込んだのですか?

「三浦さんに『僕、結婚します』って言われたんですけど、『だから何?』みたいな感じじゃないですか。他人の結婚なんて一番興味がないんですよ。祝うことでもないと思ってる。結婚なんて二人が勝手にすればいいことなんで。

で、僕が楽しくないってことはまわりも楽しくないと思ったので、参加型にして、いろんな人を巻き込んでしまえ、と思ったんですね。2000人をクリアしなかったら結婚できないってなったら、見てる人も『三浦さんどうなるんだろう』って興味が出るし、感情移入できますよね?そして達成できたらみんなで心からお祝いできるじゃないですか。やっぱりそういう楽しさが欲しかったんですよね」

「大輔さんは人間です。いいところもあるし悪いところもあります。
車椅子だからって、稼いでいるからって
色眼鏡をかける必要はありません。僕はみんなの代表という立場で、
これからも『和佐大輔にここまで言っていいんだ』っていうのをどんどん見せていきます」

三浦氏

―― では最後に、三浦さんから“和佐大輔のベストな活用方法”があれば教えていただきたいと思います。

「みんな、大輔さんに対して色眼鏡をかけすぎだと思います。車椅子だから、それでいて稼いでいるから、というふうに。でも、それじゃあその人が勝手に大輔さんの虚像を作ってることになる。そんなことをしている限り、大輔さんから受け取れるものがちゃんと受け取れないと思うんです。だから、同じ一人の人間ということで、同じ土俵で見てほしいですね。人間だから、いいところも悪いところもあるし(笑)。

といっても、先入観のない人なんていないし、僕自身初めて会ったあの日から和佐大輔に対してかなりカラフルな色眼鏡をかけていた一人ですから、どっちの気持ちもわかる立場として、僕がこれからも、みんなの代表としてどんどん大輔さんに突っこんでいきたいと思ってます。それによって、みんなが『あ、和佐大輔にそんなことまで言っていいんだ』っていうのを示せればと。

大輔さんの他のパートナーの方々は彼と二大巨塔だったり、四天王のような役割をしていますが、僕はやってみたけど向いてなかった(笑)。だから、上からいくのではなく、あくまでも下から一番熱狂的な参加者の代表という立場でこれからもやっていきます。僕自身が大輔さんをしっかり活用していると思うので、その姿を見てもらうことで『和佐大輔のベストな活用方法』も見えてくるんじゃないかと思います」

和佐大輔より

三浦さん、ありがとうございました。
三浦さんから初めて挨拶された時は本当に負のオーラしか感じてなかったし(笑)、その後もやらなきゃいけないことがあるはずなのに「昔お世話になったバーの店長がピンチで助けなきゃいけないと思って…」みたいなメールを送ってくるので、微妙だなあと思っていました。

でも今では自信がみなぎっていて、僕から見ても成長を感じています。プロ意識が出てきたんでしょうね。それは僕との共同プロジェクト以上に「三浦ホワイトレーベル」のような、三浦さんがリーダーとなって動く活動をしたことが大きいと思います。いろんな人に会って話すことで、話す時の態度とか、その人にどんな言葉をかけたほうがいいのか、といった瞬時の判断力も磨かれていったと思いますから。

けっこうみんな、「これどうやったらいいんですか?」みたいなくだらない質問されたらすぐ「そんなことぐらい自分で調べろよ」って言ってしまうじゃないですか。でも、調べたらわかるということすら気づいてなくて、純粋に「どうやればいいか教えてほしい」って思ってる人もいるんです。そのことを、相手と接して判断できるか。三浦さんは、その判断ができるようになったと思います。つまり、コミュニケーションが取れる人になったということですね。

今の三浦さんなら、立派に一人立ちできるでしょう。これからもっともっと、三浦さんの成長する姿を見させてもらえたらと思います。

Profile

三浦 洋之(みうら ひろゆき)

1982年島根生まれ。宝くじで1億円に当選するがすぐに使い果たしてどん底に陥ったという家庭に育つ。清掃用品・マットレンタルの会社に勤めるがやりがいを見出せず、サッカー未経験ながらプロサッカー監督になりたいという夢(妄想?)を叶えるため東京行きを決意。しかし貯金がなく、以前から知っていたネットビジネスで当座の資金を稼ごうと「宝くじ当選~使い果たして転落」の結末を執筆し、セールスレターも自分で書いて9,800円で販売。売上はたった7本で資金稼ぎにならず、その結果東京の宅急便の集配センターで毎日ヤンキーに囲まれながら日雇いの日々を過ごし、その後もコンビニやカラオケ、バーなどでアルバイトの日々に。

一方、コピーライティングの重要性に気づき、日々いろんな情報に当たるうちに、ある人が「すごい」と紹介していた木坂健宣氏のメルマガ、および「ネットビジネス19の神話」に遭遇。そして「ネットビジネス大百科」で木坂氏のコピーライティングのパートを聞き、自分のライティングでどこまで通用するかをこの教材のPPCアフィリエイトで試す。結果、100万円弱の収入を得る。手ごたえを感じ、さらに収入を伸ばそうと自らの経験をもとにしたダイエット商材の販売を試みるが、メルマガ読者が増えずに挫折。

その後、木坂氏と和佐大輔による「ブランディング大百科」のセミナーで和佐大輔と初対面。それをきっかけに、CCS(Costommade Consulting Service。2008年9月からスタートした「自由に和佐大輔を使ってくれ」をコンセプトとしたプロジェクト)に応募。途中、母親が病に伏したため島根に戻り、うまくいかない日々を送るなどの紆余曲折を経て、2013年に和佐大輔からFacebookページの管理人に抜擢される。さらに「お金の源泉シリーズ」の対談相手、「三浦ホワイトレーベル」の立ち上げ、「物語プロジェクト」「24の衝撃」のパートナーなど、最近の和佐大輔の活動を支える右腕的存在として成長しつつ現在に至る。